伝説なんて、怖くない


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いかにも怪しい夜更けの廃校跡という舞台にて 進行中のお話、これありて。
不可解な現象により行方不明者が続出中なことへの捜査に来た顔ぶれが、
真相に咥え込まれかかっていたその間合い、
草いきれと砂混じりな埃の匂いと、湿ったかび臭さとが入り交じった空間へ、
ぱたたという軽快な足音とそれは朗らかな声が届く。

「只今戻りました。」
「おお、敦くん。」

この急展開への切っ掛け、
いきなり足元に開いた改造収納庫の落とし穴へ吸い込まれてしまった虎の子ちゃんが、
迎えに行った黒狗姫と共に床下から戻ってきた
…のは良かったが、

「太宰さんですか? あんなややこしいものを此奴に持たせたの。」

師匠へは表情が乏しいと認識されていたものが、
最近の関係改善と共に随分といろんなお顔をして見せるよになった、
女だてらにポートマフィアの遊撃隊長を務めておいでの芥川さん。
かつてのスパルタ教育のこれも成果か、
太宰からの指示には 一を言われれば十も二十もやってのける呼吸を発揮し、
こたびの案件も途中から共同作戦となったため、
先程のああまで短い一言で師匠の意を酌んで、それを遂行して来たにしては
やや閉口気味な貌でいる。そこへの この言いようと来て、

「何があった?」

何だ何だ、私の可愛い敦が何されたんだと、
お怒りから眦を吊り上げたままの五大幹部様が急くように訊けば。

「この下で待ち受けていた奴が、
 段取り通りではなかったことへか
 半分恐慌状態のまま掴みかかって来かかったのへ、
 此奴め、いきなり何か仕掛けたのですが。」

作戦参謀の包帯美人の姉様が “助さんも格さんももういいでしょう”と見切るまでは(おいおい)
小芝居を続けるという示し合わせをしていたお嬢さんたちだったので。
皆して何とも白々しい会話をごちゃごちゃと紡いでいたのであり、
白虎のお嬢ちゃんが相手の罠に落ちた先程も、
それとは気づかれないよう追いなさいと言葉少なに指示されたその通り、
さりげなく暗がりに身を潜ませ、
物音はさせぬよう、床板の端の方を羅生門でこそりと剥ぎ取り、
半地下状態になっていた真下の階下へ
やはり黒獣に身を支えさせる格好、
直行ルートで音もなくすべり降りてった禍狗姫であったのだけど。

『がれちゃん♪』
『却下だ。』

 何よ、本名呼ぶなって言いたそうな顔したじゃない。
 それにしたって何だそれは。
 じゃあ、のすけちゃん。
 意味が判らぬ。
 アクちゃんとか龍ちゃんじゃあ厭なんでしょう? う〜んとねぇ。
 ちゃん付けから離れぬか。
 え〜? 本名じゃないならさぁ。
 やつがれを年上だと思っとらんな

二人に増えた いづれが蘭か秋菊かという美少女二人。
走り高跳び用の分厚いマットレスの上へ、
ちょこりと向き合っての座り込んだまま、何だかよく判らない問答になっており。

 『ああもう、
  抑々貴様のような顔が愛らしいだけの無教養な女が
  太宰さんの傍に居るなぞ度し難い。』
 『うっさいなぁ。
  どうせ僕は孤児院育ちで教養もない下品な女ですよーだ。』
 『育ちに逃げるな卑怯者め。やつがれとて貧民街の生まれだ。』
 『どんだけマフィアで女子力磨かれたんだよ。
  どっから見たって立派なしんそーのお嬢様じゃないか。』
 『深窓くらい漢字で出て来ぬのか。
  それに女子力とは貴様のように焼き菓子が作れるような娘に認める能力のことだろうが。』
 『え? 何で知ってるの?』
 『先日、中也さんに分けてもらった。サクサクのアーモンドサブレ。美味かった。』
 『ありがとーvv』

罵り合いだったはずがいつの間にやら相手を褒めているところが何ともはや。
若しかして褒め殺しという、ある意味 高等な腐し合いなのか、
それとも天然さん同士ゆえのこれも微笑ましい脱線か。

 “…まあ確かにどちらも可愛らしいが。”

片やは白が基調の風貌を清楚に映えさせるそれ、
ミニスカートに見えるが
実はショートパンツにくるりと前掛けがくっついたデザインの黒のボトムと、
七分袖のシャツにゆるく締めたネクタイというややマニッシュないでたちの、
白銀の髪に零れ落ちそうな大きな目をした愛らしい子で。
そこへと後から増えた方もまた、まったく見劣りしない精緻な風貌のお嬢さん。
どういう仕掛けか重力も感じさせぬような現れ方をし、ふわりと降り立ったその様は、
天女か精霊のような、人ならぬものという印象がしたものの、
長外套の裳裾を羽衣のように広げ、
漆黒の髪をゆらゆら浮かばせた格好にて音もなく降りて来た
いかにも神秘的な雰囲気を あっさりと打ち破り、

 『大体、何を呆気なくも相手の下らぬ罠に引っ掛かっておるか。』
 『〜〜〜う、うっさいなぁ。//////
  太宰さんも言ってたじゃないか、
  ある程度は相手の手のうちで転がされてる振りしなさいって、』

聞く人があるというに、
そんなような しょむないやり取りをおっ始めたものだから、

 『…お、お前ら、自分の立場が判っているのか?』

ちょっと間 毒気を抜かれたか空気になってた悪党だったが、
いやいやそんな場合かと はっとすると我に返った。
しかもしかも聞き捨てならないお言いようをしなかったか? このお嬢さん。
相手の手のうちで転がされてる振り?
心霊スポットに肝試しに来ましたっていう 極楽とんぼではないということか?
何か腹積もりがあったグループだったということか?
そんな懸念を覚えたものの、目の前に居るのは自分よりずんと小柄で華奢なお嬢さん二人。
会話も何だか幼いし、現状も忘れて口喧嘩を始めているうっかりさんたちなだけに、
自分一人でも苦もなくひょいとひねれるだろと、
何を脅威なんて感じるものかなんて 舐めてかかったのが運の尽き。
その一方で、

 『? あ・そっか、そうだった。』

横槍入れて来た男の声に、
ああそうだったという顔になってそちらを向いたのが、銀髪の少女のほう。
そちらも“何だと”と いきり立ったよに表情を尖らせた芥川だったのを
止めようかどうしよかと視線を泳がせて迷ったのも一瞬のことで、

 『えっとぉ、…えいっ!』

小さめの両手を胸元まで持ち上げて、
愛用の指抜きタイプのグローブの、中指辺りをごそごそといじってから、
どこぞかの魔法少女の真似事のよに、えいっと
こちらへ大股に歩み寄って来かけていた男へ向け、
何のおまじないだか 指差しただけに見えたのだが。
そしたら

 「呆気なく昏倒したのが、イマイチ理屈が判りませぬ。」

こっちも結構 現在進行形の修羅場だというに、
そんな疑問を憤懣込めて問うた黒獣の姫だったのへ、

 「ああ。あれね」

訊く方も訊く方なら応じる方も応じる方。
こちらさんも愛用の外套の腰辺りへ拳を当てて、
先達らしきポーズで立ったまま、うんうんと鹿爪らしく頷いていた
元 歴代最年少幹部というお嬢さんが答えての曰く、

「ただのレーザーポインターだよ。
 高いところとか大きい画面のスライドなんか説明するときに、
 赤い光を飛ばして差し棒みたいにして使うアレ。」

「はい?」

角度的にそこまでは見えなんだか、
今初めて正体を知り、それでも何だか納得がいかぬと
細おもてをひょこりと傾げた龍之介嬢なのへ。
やや伏せた長い睫毛越しになった双眸を、
そりゃあ甘甘なたわめようにして微笑って見せつつ言い足したのが、

「もしかして相手方の何人か、暗視用眼鏡とか掛けてるかもしれないから、
 それで照らしておやんなさい、目つぶしになるよって。」

良い子は真似をしないように…。
つか、そういう特殊なゴーグルずっと装備していたらしい相手も相手で。
だからこそ、天井から怪しげな影として垂れてきた何か、
敦嬢を追ってきた黒獣の先触れに気づけもしたのかも知れないが。
そのまま こんな子供だましのような手妻で眼を射られ、
ギャッと叫んで床へと倒れたその末に、
打ちどころが悪かったのかあっさり昏倒したらしいというから笑えない。
太宰がすらすら説明したのへ続いて、

「結構明るくしてはいたけど、
 煌々ととまで行かなかったんで もしやって思いましたっ。」

それで言われた通りにやってみましたと、
小さな拳を握って ふんぬっとかわいらしく意気込むお嬢さんへ、

 「あつしぃ〜〜〜っ。」

やっとのこと国木田からの羽交い絞めが解かれたらしく、
がばちょと飛びつきの、そのままむぎゅうとしがみつくやら
髪をぐしゃぐしゃと掻き回すやら、

「心配したぞ、何かされてないか?」
「だいじょぶですvv」

お顔を覗き込んだところ へにゃりと笑ってみせる愛し子なのへ感極まってか、
こいつめぇと再び強めのハグを仕掛けるやら。
お母さん心配したんだからという勢いでいるマフィアのお姉さまもどうかと。(笑)

 「……。」
 「えっとぉ。」

あんたらの存在はしっかと把握しているのだ、まるっと全部お見通しなんだよとばかりに、
どんな異能を使ったやら、その身を隠し、息をひそめていた壁を取り払われたものの。
さあさあどう料理してやろうかねぇ、何を猪口才な 返り討ちにしてやんよという衝突になるかと思いきや
そのまま微妙な放置プレイか、置いてけぼりとなっている顔ぶれが 間抜けな顔を晒しているのへ、
そこはさすがに、ある意味 意識はしていたらしく。

「よくも報復を封じたな、太宰。」

ああやっと無事を確かめられたと、愛し子へ思う存分頬擦りしてから、
その馬鹿力を引き留めていられる相方が居たのでということか、
ストッパーを他人任せにしていた元相棒さんへ、再び眦釣り上げた中原幹部。
きぃっとお怒り滲ませた顔つきとなり、
壁際に居並ぶ輩へ ばっと腕を伸べて見せて、
こやつらへ掴みかかるの邪魔されたと言いたいらしい手振りを見せる。

 そう、ちょいと自分たちの間での意思疎通というか、
 ちょっとお派手なコミュニケーションを先んじて繰り広げてしまったものの、
 本来、彼女らが相対す対象は、当然のことながら、喧嘩友達ないつもの相手じゃあなくて。

「なに言ってるかな、
 あのまま君が暴れたら、真下に居た敦くんも芥川くんもえらい目に遭っていたのだよ?」

優先順位から外されて放置プレイになっていた連中へ、
にやにやという笑い顔をそのまま振り向けて、

 「ごめんなさいねぇ、おっ放り出してしまってて。」

わざとらしい猫なで声でそう告げる太宰だったりし。
なにも ただただ放置していたわけじゃあない。
むしろ瞬殺という勢いで攻撃の手が出かかった中也嬢の動きに
そちらもまた間に合ったほどの俊敏さ、
国木田女史の素早い拿捕を褒めてほしいほど、反射も素晴らしいお姉さまたちだっただけ。
そして、

 「………。」 × @

畳みかけるよに繰り広げられた寸劇みたいなやり取りへ、
呆気にとられてしまっていた破落戸どもが、
まんまと相手のペースに乗せられていることへかしかめっ面になったの見やり。
怪しい連中と仲間内との境目のような立ち位置にて
端正なお顔に相変わらずの余裕を乗っけたまま
正体不明なお嬢様がたの代表という貌でいる長外套のお姉さま。
いやいや待て待て、確かさっき “武装探偵社”とか言ってなかったか?
それに、あっちの帽子の姉ちゃんはポートマフィアの人間だとか…と、
場の雲行きが怪しいことへだろう、困惑と焦燥が生じだしたの見計らい、

「自分にだけ宿った特別な能力だとか、さすがにそこまでは思ってないよね?」

これもまた はっきりくっきりと破落戸たちへのお言葉を放ち、
にんまりと、いかにも含むもの大有りという笑い方をして見せて、

「そちらは、そう…私が消して見せた隠れ蓑の書き割りもどきを出せる子と、
 あと もう一人、不思議なことが出来るお人がいるようだけど。」

モデルばりのおしゃれな所作にて立てた人差し指を ワイパーみたいに左右へ振って、
蓬髪ロン毛のお姉さま、ちっちっちっと揶揄するよな素振りをして見せた。

「こっちは此処に居る5人全員、いろいろ出来る異能力者揃いなんだな。」

「な…っ!」
「馬鹿なっ。」

衝撃の事実を突きつけられましたというよな反応だったが、

 “いやいや気づけよ、もっと早く。”

活動の基盤が帝都と訊いてはいたが、向こうじゃそうまでマイナーなのか?異能の情報、と。
女性陣営、揃って呆れたのは言うまでもなかったりする。




to be continued.(18.06.15.〜)




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 *何かキリがないほど長くなったので、もう一回中断させていただきます。
  おかしいなぁ、芥川嬢と敦くんのやり取りで遊びすぎたかな。
  どんだけ仲良しだキミらというの、ついつい書きたくなっちゃうんですよね。(笑)
  そしてこの混乱の案件、
  男性陣営の世界でも似たようなことが起きているのかと思うと
  なんか笑え…いやあのげほごほ